2002年 5月28日 更新分


サウジアラビアの競馬事情

小池 尚明 氏
JRA 常務理事



第1回Japan's Cupが行われるまでの経緯

サウジ大使
東京のサウジアラビア大使館でJRA小池常務に
オアシス・ステークスのサウジアラビア・ロイヤルカップを手渡す
ワリ駐日臨時代理大使

 3年前の1999年、日本とサウジアラビアの修好40周年と、サウジアラビアの建国100年という節目の年に、サウジアラビア在日大使館の要請により、最初のサウジアラビア・ロイヤルカップ競走が東京競馬場で行われた。5月の第3回東京競馬の平地オープン特別であるオアシス・ステークスを、サウジアラビア・ロイヤルカップ・レースと定め今年で4回目となる。

 このロイヤルカップの下賜は、サウジアラビア王国の現皇太子であり第1副首相でもあるアブドゥッラー殿下がサウジアラビアの競馬主催団体であるエクエストリアン・クラブ(The Equestrian Club) のチェアマンであることから、両国にとって節目となる1999年という年を記念して、競馬を通じてサウジアラビアおよび日本の両国の友好と親善を更に強化する目的で実現した。

 本年1月、サウジアラビア、エクエストリアン・クラブのGeneral Directorであるゼナイディー氏(Rashed AL-Zenaidy)から、サウジアラビアの首都リヤドに建設中の新しい競馬場King Abdul Aziz Racecourseが完成し、4月5日(金)にこの競馬場でThe Japan's Cup Raceを施行するという招請状が届いた。

 これまで東京競馬場で一方的に行われてきた競走を、サウジアラビアでも施行することによって、本来の交歓競走とするという趣旨である。Japan's Cup 競走は、サウジアラビアの8大競走の1つとして位置づけられており、サウジアラビア側がJRAとの交歓競走を通じて、いかに両国の友好関係を重視しているかが感じられた。




新競馬場、キング・アブドル・アジズ競馬場の施設概要

競馬場正門
キング・アブドル・アジズ競馬場の正門前

コース全景
新しい競馬場のコース全景

 Japan's Cup施行の前日、4月4日(木)に新しい競馬場を視察した。

 首都リヤドの中心部マラッツにあった旧競馬場の規模が小さく、国際的な競走を行うのにふさわしくないこと、その周辺での交通混雑が激しいことから、アブドゥッラー皇太子の指示により、リアドの北方約50qに位置するジャナドリーア(空港から車で10分程度の近さ)という地域に移転が計画された。

 以来、米国、ヨーロッパ、東アジアなどから多くの専門家を招いて検討した結果、1995年に香港の設計会社’Leigh & Orange'という会社に設計を依頼し、3年をかけて実施設計が完成した。


馬場とスタンド
新競馬場の馬場とスタンド

 4年前の1998年から工事に着工し、今年2002年の10月の完成を目指して工事が進められている。総工費は約2.1億USドル(約270億円)であるが、土地は王室所有地であり、地震がないので基礎工事に経費がかからないこと、労働コストが安いことなどから規模の割にかなり割安である。

 建設を統括するプロジェクトマネージャーは、スコットランド出身の建築家Gerry Skea(ジェリー・スキー)氏であり、世界各国での大規模開発プロジェクトに招聘されて世界中を回っているが、競馬場づくりは初めてとのことであった。彼の案内で施設を見て回ったが、まずその規模の大きさに驚かされた。

 新競馬場の敷地は3q×3qで日本的に表すと、900万uということになり、東京競馬場が80万u弱であるから、10個以上がすっぽり収まってしまう広さである。既に、馬場走路、スタンド、駐車場、検量室・装鞍所などの業務エリア、パドック、出張厩舎、検体採取所等は完成しており、これらを使って本年2月から競馬の開催を行っているという。


検量室
アラビア風の雰囲気の漂う検量室風景

装鞍所
装鞍所の様子

ダート路面
赤土のダート・コース表面

 馬場走路については、1周2000m、幅員25mのオールウェザータイプの左回りダートコースと、その内側に1,800m・幅員20mの調教用トラックや角馬場が併設されている。ダートは赤土であり、6%のウッドチップを混合してクッション性に配慮しているという。

 競走距離では国際基準にある全ての距離が取れるとのことであった。馬場の形状は、向正面の馬場面の高さがホームストレッチより5m高くなっており、スタンド側の地面に立っていても馬の走っている姿が全て見通せる構造に工夫されている。

 また、向正面右手に2,000mのシュート、ホームストレッチ左手に2,800mのシュートがあり、このポケット地点での馬の動きも全て視野に入ってくる構造となっている。馬場内には5m×5mの大型映像装置(三菱電機製)があり、両側に電光掲示板が設置されており、馬場やスタンド周辺をナイター競馬のための照明施設が覆っている。

 グランドスタンドは、6階建て18,000u、3,500席のシートが設置されているが、大きく3ッツに区分されており、馬場に向かって左側に一般席(男子専用)、右側にファミリー席(女性・子供はここに入る)、中央部分が王族用と業務エリアとなっている。

 スタンド1階中央には王族がお祈りをするための500人収容のモスクが設置されており、その横に検量室や裁決のためのビデオ室、調整ルームなどが配置されている。スタンドの2階は来賓用の部屋が並んでおり、ソニー製のITV装置なども配置されていた。


スタンド前面
新装なった競馬場のスタンド前面

レース前
スタンド前面の下見所、レース前の風景

 また、3・4階部分は王室や大スポンサーのためのプライベートボックスとなっており、豪華な応接セットを配したレース観戦のための部屋を中心にスタンドの両サイドには24部屋のマンション構造のプライベートルームが配置されている。

 競馬場の標準施設として、2,000台収容の駐車場、スタンド正面にパドック、装鞍所(24馬房)、当日輸送用の出張厩舎(60馬房)、検体採取所、メインテナンス用倉庫、労働者のための宿泊施設(250名分)などが造られている。これらの施設を維持するための水源として、約2,000mの井戸を2カ所掘っており、出てくる水は50℃と高温で、鉄分を多く含んでいるため、浄化装置と冷却装置を使用している。

 その他、標準外施設として未だ完成していないが、建設仕様書によると、総合事務所、競走馬診療所、競馬研究所、エントランスゲート、60頭収容の検疫厩舎(国際厩舎)というものが建設されることとなっている。

 その他、プライベート施設として24棟の別荘、コミティーメンバーのためにレストランやラウンジの他、テニスコート、スカッシュ、スイミングプール、ボウリングなどのスポーツ施設、更に子供用の遊戯施設まで完備した8,000uの広さのクラブハウスも造られる予定である。

 王様のプライベート施設として、全体の半分ぐらいの敷地に3タイプの厩舎(合計2,350馬房)を造ることとなっており、競馬にかける熱の入れようを感じた。

 この競馬場はまだ建設途上にあるが、本年の1月から模擬競走を実施して、2月から実際に競馬を開始しており、明日のJapan's Cup 競走を最後に春競馬を終了して、6月14日から9月27日まで商業都市ジェッダ近郊の保養地タイフで夏競馬が開催されるという。

 その後、完全に竣工したこの競馬場で本年10月から来年4月まで、毎週木・金の2日づつ合計48日間の競馬開催を計画している。


新競馬場でのJapan's Cup競走について

ジャパンズ・カップ
JRA寄贈の第 1 回ジャパンズ・カップ

 第1回ジャパンズカップ競走は、4月5日(金)The Equestrian Club 主催によりジャナドリアにあるキング・アブドル・アジーズ競馬場で開催された。当日は春競馬の最終日であり、第1レースが午後4時10分、最終レースが第10レースの午後8時40分ということで、薄暮からナイター競馬として行われた。

 ジャパンズカップ競走は最終レースにメイン競走として行われ、距離2,400m、ダートの良馬場で、3歳以上の輸入馬限定オープン馬19頭(1頭取消し)で争われた。賞金総額は4万リアル(約140万円)、1着賞金は1万4千リアルと低額であるが、これは王族関係者の馬が出走するレースは賞金を低く設定しているということで、レースの格と賞金は連動していない。

 レースは10分遅れの午後8時50分に、ホームストレッチ中ほどのゲートから一斉にスタートし、勝ったのは伏兵Vellanoアラビア名Maalik(父Lysius 母の父Mill Reef)、騎手ルイス・アルバート(Luis Alberto)が直線抜けだし、2分29.3秒で優勝した。


インタビュー
JRAの小池常務に対する下見所でのインタビュー

皇太子の息子
新競馬場の実質的なオーナーのバデュル・ビン・アブドルアジーズ殿下

 レース後、スタンド正面にある表彰台で観衆や大勢の報道関係者が見守る中、私から優勝馬馬主サウド・ビン・サアド家(Saud bin Saad Motlaq Sons)にJRAとして初めての優勝カップを贈呈した。このレースは国営テレビ放送の中継もされていた。

 競馬当日は、この競馬場の場長も兼任しているゼナイディー氏の案内で検量室や裁決ビデオ室、装鞍所、検体採取所など競馬開催中の各施設を視察した。施設的に新しいこともあって開催運営は大変すばらしく、全体的に欧米型の競馬の運営形態であった。

 この競馬の実質上の総責任者でアブドゥッラー皇太子の王子であるバーデル・ビン・アブドルアジーズBadr bin Abdul Aziz殿下とお会いし、いろいろ歓談することができた。

 殿下は、特に良質馬の生産には熱心のようで、「サウジアラビアにおける生産は毎年300頭ほど増えてきており、現在では約1,000頭のサラブレッドが国内で生産されている。」というお言葉をいただいた。お話では、牧場の規模は、6q四方ぐらいの敷地をサラブレッドの生産と純血アラブ、その他の動物といった3地域に区分して運営しているという。


競馬くじについて

 サウジアラビアは敬虔なイスラム国家であるため、酒、ギャンブルは禁止されている。したがって、競馬には「くじ」が導入されており、ファンは各レース毎に専用の投票用紙に自分の氏名を書いて指定の箱の中に勝ち馬を予想して投票する。この投票用紙はレーシングプログラムに添付されており、競馬場に入場する際に入場料10リヤル(約350円)を支払うことにより、一部入手できる形になっている。

 また、最近では電話による投票も受け付けられており、投票している間の通話料が6リヤル(約210円)徴収されるシステムとなっている。電話投票の場合は35%が電話会社の手数料として徴収され、残りの65%がくじの配当に回されるという。

 賞品は入場料と電話投票で得た収入から配当され、現金の場合とスポンサーからのプレゼントという2通りがあるという。これらの当選者の抽選は、レース終了後直ちにパドック内で執り行われていた。


エクストリアンクラブについて

ゼナイディ
JRA小池常務ご夫妻とサウジアラビア競馬統括機関の常務理事であり、
新競馬場の場長でもあるゼナイディー氏

 The Equestrian Club は、競馬を含めたスポーツクラブとして、首都リアドに1950年代に創設された。1965年になって、競馬開催をプロモートする団体として正式に認可され、リアド市内のMalazという所に競馬場が開設されたという。これ以降、約35年にわたり、このクラブ主催によりリアド市内での競馬開催が行われてきた。

 このクラブには約800名の会員がおり、入会金が8,000リアル(約28万円)、年会費が5,000リアル(約17.5万円)と大変ハイソサイアティーなクラブとなっている。クラブハウス内には、豪華なレストランの他、プールやジム、サウナバス、テニスコート、スカッシュコート、など様々なスポーツ施設がそろっており、多くの会員によって利用されていた。


アブドゥッラー皇太子について

 サウジアラビアの競馬を語るとき、アブドゥッラー皇太子を抜きには語れない。この皇太子の正式なお名前は、HRHクラウンプリンス・アブドゥッラー・ビン・アブドル・アジーズ・アル・サウード殿下(HRH Crown Prince Abdullah bin Abdulaziz Al Saud )という大変長いお名前である。

 この殿下の名前の前についているHRHというのは王族を表す称号で、「His Royal Highness」 で、日本の陛下Majestyに当たると思われる。サウジアラビア王国には約90の部族がいたそうで、サウード家というのもその一つということになる。

 現在のサウジアラビア王国をつくったアブドルアジーズが初代の国王であり、正式な名称は、アブドルアジーズ・イブン・サウードである。

 そして、そのアブドルアジーズの息子達(全て異母兄弟である)がサウジアラビア王国の王位を全て継承してきており、現在のファハド国王は第5代国王として1982年から王位を継いでおり、アブドゥッラー殿下は、1923年初代国王の10番目の王子として生まれ、1982年以来、皇太子として次の王位の継承者となっている。

 現在81歳と高齢に加え病気がちであるファハド国王に変わり、第1副首相兼国家警備隊司令官として内政・外交・軍事全般にわたって政権を掌握している。最近では、中東パレスチナ問題で「アブドゥッラー提案」を提唱するなど、和平仲介者として脚光を浴びているのは有名である。

 世界の競馬への関わりも大変深い人物である。アラブ世界では、アラブ首長国連邦ドバイのモハメド・ビン・ラシッド・アル・マクツーム殿下が有名であるが、アブドゥッラー皇太子の場合はもう少し地道な活動をしてきている。

 英国のジョッキークラブ名誉会員としてオーナーブリーダー活動を長年続けてきており、英国・アイルランド・米国に「ジャドモント・ファーム(Juddmonte Farm)」を所有し、さらに英国には「バンステッド・マナー・スタッド(Banstead Manor Stud)」という種馬場も所有している。今までの殿下の所有馬の中で日本との係わりの深い代表的な馬として、JRAで種牡馬購買したダンシングブレーブ、ウォーニングを初め、コマンダーインチーフ、レインボークエストなどといった馬がおり、大変情熱的で開明的な競馬国際人として世界各地のホースマンの信望を集めている。

 ファハド国王の王子であるサルマン殿下も米・英に「ニューゲイト・スタッド(Newgate Stud)」を所有し、日本に関係する競走馬として、JRAが購買したジェネラスやビックレッドファームで供用中のイブンベイといった馬のオーナーである。サウジアラビアの競馬そのものについては日本になじみが薄いものの、アブドゥッラー皇太子をはじめサウジアラビア王室と日本の競馬とのつながりは、大変深いということが分かる。


 

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